ボウリングを変え続けてきた企業である ボウリングは本当に衰退してしまったのか

まず最初に、知ってほしいことがあります。それは「ボウリングは有望な事業である」ということ。信じられないかもしれませんが本当なんです! 日本にボウリングブームがまき起こったのは昭和40年頃。それはもう、スゴイ人気でした。なにしろ、当時はまだ全国にボウリング場が少なかったせいもあって、どこも連日盛況。予約を取るために3時間待ち、4時間待ちなんてのはザラでしたから。ところがブームというのは、広まるのも早いがすたるのも早いもので、昭和45年頃にピークを迎えたのを境に人々の足が途絶え始め、ボウリング業界は一転して"冬の時代"へ。やがて経営不振のため、次々と撤退する会社が出る始末。こうした背景もあって、日本のボウリングは次第に衰退期へと向かっていったのでした。

自分自身を変革することから始まったこと

ここまでお読みになって、「どこが有望なビジネスなんだよ」と疑問を持たれた方も多いでしょう。たしかにブームが去った後のボウリング業界は、その存在を危ぶまれた時期もありました。しかしそんな中にあって、堅実な経営努力を続け、しっかりと生き残ってきた会社もたくさんあります。そのひとつが、イースタンスポーツなのです。「ボウリングをもっとエンターテインメント性にあふれたスポーツ・レジャーに変えていかなければいけない」…そう考えて、イースタンスポーツは積極的に施設のリニューアルや、マシンのハイテク化などに取り組んできました。その結果、平成12年には10ヶ所ある直営ボウリング場の年間入場者数が約95万人だったのが、平成14年には120万人を突破。そして現在も、着実に入場者数を伸ばし続けています。

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